・・・小川の流れる里山のほとり。凝りもせずベテラン曹長と男は過酷な訓練に向かっていた。 ・・・小川の流れる里山のほとり。凝りもせずベテラン曹長と男は過酷な訓練に向かっていた。 ...
・・・現地に向かう車窓にはポツポツとはえる灌木、低い草むらと広い空が一面に広がっていた。過去、主に高地の作戦地帯を転戦してきた男にはなんだか殺風景に見えた。 ・・・現地に向かう車窓にはポツポツとはえる灌木、低い草むらと広い空が一面に広がっていた。過去、主に高地の作戦地帯を転戦してきた男にはなんだか殺風景に見えた。 ...















撤収の日。 曹長の肝臓と胃腸は化け物並みなのだと男が呆れかえる頃、 作戦開始から72時間が経過しようとしていた。 今回のキャンプでの歩行距離はトイレの往復のみ。 ほとんどの時間をチェアとコットですごした。 にもかかわらず時間の流れがあまりに早い。 男は狐につままれたような気分だったという。 昨夜、夜中に再び豪雨に見舞われ、 タープ直下コット寝の曹長は 殆ど眠れなかったはずだが、 今朝も生きる気力に満ち溢れて見えていた。 二名分の共有スペースを無理やり確保するために 濡れるとわかっていても敢えて変形タープ陣を選択したうえ、 さらなるスペースを作りだすために 低床コットをタープ端ギリギリに設置したため ダウン寝袋が地面から跳ね返った雨に打たれ、 コット下を沢カニの住処にされてしまったことへの 恨み節など一切口にしない。 濡れたギア達をいたわりながらも、 例のごとく異常に手際よい撤収を続けていた。 「荒天のキャンプで最も大切なのは・・・」 男が曹長に問いかけようとした瞬間、 その愚問に警告するかのような ウグイスの大きな鳴き声に阻まれた。 何事もなかったかのごとく 意気揚々と作業を続ける 曹長の圧倒的に広い背中を、 男はただ黙って見つめるしかなかった。 見上げた空の3日ぶりの日差しは 奇妙なほど眩しかったという。 ---完--- ※この作品はフィクションです 実在する個人団体に一切関係はありません。 多分。 ...
その後、作戦は順調に進行していた。 無論、昼夜を問わずである。 ...















v\:* {behavior:url(#default#VML);} o\:* {behavior:url(#default#VML);} w\:* {behavior:url(#default#VML);} .shape {behavior:url(#default#VML);} Normal 0 false 0 2 false false false EN-US JA X-NONE Continue Reading
・・・これらすべての状況を勘案した結論として、 男は車中泊を決めた。 ...
「では3日後、現地で。」 男の経験にあるキャンプ日程調整で、 こんなにあっさり決まることはなかった。 その会合が互いの事情をよく知らない 初見者同士ならなおさらである。 ...
おしまいはー、いつも晴れー・・・♪ 撤収日の朝、 男がそんな自嘲気味な鼻歌をくちずさむほど、 眩しい日差しに満たされた朝となった。 ...
この日、明け方の最低気温は9℃。 UJack内に暖房機器はない。 シュラフに入るなら肌寒い程度が適温である。 当然、熟睡となる。 ・・・男は夢を見たという。 晴天の草原を 口笛を吹きながら 軽やかに散策する夢だった。 ...
梅雨晴れにキャンプができると、 生涯雨に悩まされない人生となる。 ・・・後輩氏がNetのどこかで見た怪しいジンクスだという。 いうまでもなく、彼はキャンプでの降雨(雪)率が 85%を超えるエリート雨キャンパーである。 晴天キャンプのためなら、公衆トイレの落書きに 記されたジンクスでも試みる決意だという。 男が思うに、 Netも公衆トイレも変わらないわけだが、 藁をもすがりたい気持ちが勝った。 ・・・そして、梅雨に入って二週目のある週末。 疑惑のジンクスでもなんとかあやかりたい エリートキャンパー二組が 長野県の高原地域に集結していた。 当然、エリートたちにとって、 下り坂を知らせる天気予報を わざと無視することなど、 造作もないことだった・・。 ...
ある年の3月中旬。 ・・・不吉な構造物がある河川敷にその姿を現していた。 どうみてもなにかしら呪術的な意味が 込められているようにしか見えない、 禍々しい外観をもつ建造物であった。 ...
・・・豪雨の夜が明けた。 前夜の気温は18度程度でインナー内部は長袖Tシャツ+夏用寝袋で快適であった。 見上げるまでもなく見事な曇り空である。 ときどき少雨がある。高地のためか天候が目まぐるしく変わる。 常にこれに立ち向かってゆく登山家達は正気の沙汰とは思えない。 幹が赤い松と白樺のカルテット。 結成して何十年を経た中堅感がある。 ...
・・・オランダ アムステルダムの8月。 最高気温22度、最低気温13度、露点温度は13度(同月東京は高37/低25/露20度)。 つまり、肌寒いが屋外にいてもいわゆる汗でベタベタせず、サラサラなお肌が続くのである。さらに真冬でも日本の本州太平洋側程度の気温を維持。 ・・・さぞ快適なことだろう・・・。 ユーラシア大陸西部で、有史以前から人類の闘いが絶えないわけが、我々ならば理解できるような気がする。 今回我々が試験に臨むドゴン3(+1)を製造したノマド社は、そんな環境に本拠を置くアウトドアメーカである。 9月初旬、我々が目指した地域の気温は、最高25度/最低15度/露18度。 ようやく真夏のオランダにすこし近い気候である。 ・・・標高を1000m以上上げればだが・・・。 昼過ぎ、到着前に現地麓の食堂で食事である。 わずか30席程度の店内。現地のエージェント達でごった返していた。 我々の活動がリークされている可能性がある。この先注意しなければならないと直感した。 ※写真は団体様退店のあと。 ...
日蘭関係史に残る対峙の翌朝。 歴史を動かす出来事の前夜の多くがそうであったように、昨夜の両陣営の邂逅も歴史書に残ることはないだろう。 そんな我々の儚い定めを知ってか知らずか、日本チーム指揮官が陽気に朝食を振る舞ってくれた。 ...
日蘭決戦の朝。数時間後、ここが戦場となる気配は微塵も感じられない。清涼と静寂に満ち溢れた朝である。 ...
・・・日本とオランダ。 鎖国時代の我が国において、唯一取引を認めさせた西欧列強国。第二次大戦時は、東南アジアをめぐって銃火を交えた敵国。現代では先進的農業を推進し、我が国農業からも一目置かれる農業強国。 両国は歴史的に時には友であり多くはライバルであった。 そして2018年9月初旬。 運命のいたずらから両国の代表的なテントが、日本の山奥で直接対峙していた事実は、政治的配慮から極秘とされたという。したがって安倍首相、マルク首相からの祝電が届かなかったことも致し方ない。歴史を動かす出来事は常に歴史書に記録されないのだから。 前日、オランダ陣営が先着した。 ...

























・・・撤収の朝。 たしかに昨晩から小雨が降ったりやんだり。 しかし、雨合羽シートをテントに装着していたため、フライシートの裾以外ほとんど被害がない。起床時は曇り。天気予報によると午後からは降雨。 「勝ったな」と思っていた。 ・・・しかし、フライシート上部に着せた雨合羽シートを片つけ、本体の解体を始めた矢先、彼らの猛攻は始まった。 もっとも脆弱な瞬間を雨に突かれたのである。 その時の我々の様子を神がみていれば「右往左往とはまさにこのことじゃ!」と大いにお喜びいただけたに違いない・・・。 遅れながらDODペンタタープで防御するも、その被害は甚大であった。 おわかりいただけるだろうか?バケツの底にたまった水を。。。 成分は雨と涙のハイブリッドである。 結果としてへニョへニョである。 空襲のさなか、不幸なことに放置されてしまった彼はもっとも被害甚大であった。 彼はいまも治療のため家のベランダで干されているという。。。 身代わりにされたウサギはあきらかに不機嫌そうであった。 新品幕の撥水効果になんとか助けられたというところだろうか。 もし水気をすべて含んでしまったポリコットン幕体の撤収になっていれば、JAFのレッカー車を迷わず呼ぶことだっただろう。。。。 かろうじて片付けを終え濡れたまま撤収。まさに潰走である。 下山を始める。 ・・・レタス畑はこの雨も自らの味に変えているのだろう。やはり敵わない。 しかし、麓の売店にある食堂は、 我々の苦い敗北をわすれさせるには充分なパフォーマンスであった。 ほうじ茶とおつけもののコンボにメロメロにされる始末である。 NASA製と思わしき極めて立派な薪もおいてある。次回試してみたい。 ・・・2週間もすれば、ヒマワリではなく彼ら種族がこの地域の主となっているのかもしれない。 再び走り始めた車。 全開のガラス窓から流れ込む小雨まじりの風を目一杯吸い込んだあと、そんなことをふと思いながらスロットル開度を大きくした。 バックミラーには、淡い霧に覆われた広大なレタス畑がいつまでも映って見えていた。 -完- ...