ベテラン曹長と駆け出し男とイタリア紳士

By Nomadでオートキャンプ - 10月 13, 2020

・・・小川の流れる里山のほとり。
凝りもせずベテラン曹長と男は
過酷な訓練に向かっていた。


0700現着。
男はいつもどおり安定の早起きである・・・。

サイト全景。

いつもどおり息も絶え絶え膨大な設営作業を終えた。
重労働のあまりダミージャグの出番すらない。

ほぼ同着だった曹長もさくっと設営を終え、
朝っぱらから「ブシュ」っという

訓練開始の合図を連発していた。


・・・厳しい訓練に励んでいる様を隠すべく、
全力でグダグタしているように見せかけていた我々の前に
スラッとした体躯をした一人の紳士が現れた。
しかも洒落た手土産付きである。

白髪混じりの短髪から妙齢と推定。
瞳は深い茶色だが、長い鼻とホリの深い顔立ち。
上下デニム地のコーディネートに
品の良いアウトドア革ブーツ。

勘の鋭い男はハーフイタリアンだと直感したという。
さり気なく首にまいた赤いスカーフと
赤縁の眼鏡が似合う人間など、
地球上探してもイタリア男の他に存在しないからだ。

「チャオ・・」
男がと言おうとした矢先、
「こんにちは」
この紳士から飛び出した流暢な日本語に驚いた。


このまま銀座を歩いても
ワイルド系伊達男として通じるレベルの、
いわば華麗なる都市迷彩服を着た彼が
曹長の同業H氏とのこと。


イタリア紳士H氏曰く、純粋日本人という。
これは諜報系部員が語る定石のストーリで
あることを男が知らぬ訳などない。
言語は訓練で学ぶことができるが、
ファッションセンスまでは隠せないのだ。
だが男は観察を続けるため騙されたふりをしていた。


すこし会話すると
このH氏の言動は常に穏やか、
ゆっくり優しく、あたかも相手を諭すような
高貴な紳士路線な事に気がついた。
笑顔一つとっても上品なのである。

・・・常日頃、でんがなまんがな、
ヒャッハーしているゲリラ達の
高潔路線とは根本的に何かが異なる・・・。

極めつけの品格の違いは車だった。


H氏の車はFiatではなくワーゲンビートル。


銀座にドライブ・ショッピングにむかったはずだが
道に迷って里山についてしまったという、
我々の訓練を偵察する真の目的を隠蔽するための
偽装演出なのかもしれない。

もちろんこのシナリオライターは即解雇だが、
ひたすらに緑に映える美しい赤には違いない。
油断すると前世紀の偉大な歌姫の歌詞が
脳内でプレイバックされていた。


非の打ち所のないおしゃれイタリア紳士H氏との
初回エンゲージメントに敗れ去った我々が、
最も厳しい午後のシエスタ訓練を終えたころ、

あたりの日は暮れていた。

我々は夕食をとりながら、

昼間一方的にやっつけられた報復として
イタリア紳士に一矢報いるべく
夜間急襲作戦を立案した。

・・・西部劇で窮地に追い込まれた
無辜のインディアンの発想と変わらない
この安易な夜襲が、
イタリア紳士氏からの歓待として
振る舞われた高級ウイスキー、
怪しく灯るビンテージランタン、

中型ウッドストーブから1mにも達する巨大な火柱、

1kgのモツと両手で抱えきれない量の空芯菜という、
あの昼間の高貴な紳士とはまるで思えない
野性的すぎる連続攻撃で
ある意味でフラグ通り
完膚無きまで返り討ちにされたことは
国家レベルの機密である・・・。

破れそうな胃袋を抱え
命からがら自陣に潰走したという。


翌朝。

いまにも泣き出しそうな空である。

イタリア陣地へ撤収挨拶。
紳士はゆっくりと楽しみながら
撤収をしており、急ぐ気配は微塵もない。
降雨に怯え撤収を急いだ己の
器の小ささとは対照的だった。

なんとなく視界にはいった
鹿革敷物に置かれた
ビンテージランタンの淡い光が、
なぜだか男の目に眩しく映ったという。



足元の彼岸花が
この暑かった夏の終わりを知らせていた。

---完---

※この作品はフィクションです。
実在する個人団体に一切関係はありません。
多分。

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