日蘭関係史に残る対峙の翌朝。
歴史を動かす出来事の前夜の多くがそうであったように、
昨夜の両陣営の邂逅も歴史書に残ることはないだろう。
そんな我々の儚い定めを知ってか知らずか、
日本チーム指揮官が陽気に朝食を振る舞ってくれた。
しかし、これは日本チームがしかける大胆な罠なのである。
この奇妙な魔法陣が刻印された食品を摂取すると、赤子ですら恐ろしいCM細菌に感染するだろう。陰謀戦を得意とするオランダチームがそれに気付かぬ訳はない。
にもかかわらず、オランダチームは素知らぬ顔で魔法陣が刻印された蒸しパンを非常に美味しく食していた。
・・・そう、オランダチームはすでにCM菌の深刻な感染者なのだ。ステージⅢという。
未感染のSP細菌だと直ちに命にかかわるところだが、CM細菌攻撃はもはや効かない体なのである。
このような、一見何の変哲もないありふれたやり取り全てが、愉快な小競り合いなのである。
「それが合同キャンプ」
・・・なのかも知れない。
なお、日本チームの司祭は昨夜のうちに薪を焼き尽くし、すべての関心を昇華させたせいか、1時間以上後になっての降臨となったことは公然の秘密である。
一方で、両陣は昨夜から危機に瀕していた。
見事なまでの豪雨である。
オランダチームはあっさりと午前撤収を断念。籠城戦を決め込んだ。
オランダチームは、過去日本チームが豪雨にともなうテント漏水で苦戦した事実を察知していた。
そのため雨天に備えて、意気消沈する彼らを励ますべく「YOUたち、お困りならコチラのテントでお茶飲んじゃいなよ？」とのセリフを猛練習していたという。
しかし、この決戦に備えて日本チーム指揮官が事前に施していた極めて難易度の高い防水処理が見事に功を奏し、実際にはこの豪雨でも無漏水だったのだ。
豪雨時の漏水に辟易とするカマボコテントユーザの星である。
・・・無漏水の報に接したオランダチームは、漏水しないまでも重くなる一方のポリコットン幕体を呆然と眺めるしかなかったという。セリフの徹夜練習は徒労に終わったのである・・・。
意気軒昂な日本チームはさらに、
（※注：オレンジの雨合羽氏は現地スタッフ・・・ではない）
豪雨にもかかわらず電光石火で撤収を完了し、次の目的地に移動していった。
KAMIKAZE・・・
そんな言葉がオランダチームの脳裏をよぎったという。
・・・勝敗が決した瞬間でもあった。
その後も降り止まぬ雨に足取りが重たいオランダチームは、撤収に備え輸送車両をテントに近づけていた。運転席に乗り込み、フットブレーキを踏み、クラッチを切り、ギアを入れ、サイドブレーキを解除してクラッチを繋ぐという過酷な重労働であったという。
さらにその後、テント内でいびきを伴う二度寝をしていたとの現地鹿氏による情報もある。
・・・徹底したサボタージュ作戦である。
どろどろになったNOMADのターバン氏は、動きの遅い我々に呆れたのかそっぽを向いていた。
・・・1300を過ぎてようやく重い腰をあげた。ようやく雨脚が弱まったからである。
ダブルタープ体制で撤収に臨む。
ポリコットンだろうがなんだろうが、濡れればこの有様である。
この後、彼は自宅ベランダでの長いリハビリ生活を強いられたという。
1430。
ようやく撤収である。
・・・2週間で麓の彼らは大きくなっていた。
相変わらずの激しい鼻紋進呈の申し出を辛うじて回避できた。
・・・帰路につく車。
ゆっくりとハンドルを切りながら、濡れたタープに何者かが訪問の痕跡を残していたことをぼんやりと思い出した。
・・・秋という名のそれが知らぬ間にそこまできている証である。
車両が揺れるたび、キーにとりつけた真新しいビクトリノックスのマルチツールがブラブラと陽気に踊っている。バックミラーには今日も雨霧に包まれたレタス畑が大きくうつっていた。
-完-
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