KV3

Dr.キリコの日々

By Nomadでオートキャンプ - 12月 05, 2018


冬が始まるある日の朝、男の電話が鳴り響いた。
「車の暖房ヒータが効かない・・・・」






その男、Car Dr.キリコは車の凄腕医(無資格)である。
したがってこの現象の原因など星の数ほど思い当たる。同時に、冷却系の異常は極めてクリティカルな原因に起因するものが多いことも知っていた。
そんな重苦しい思考と同時に、このゾンビクランケが2年前の冬にもまったく同じ症状に陥っていたことを、この頭脳明晰な闇医者は思い出していた。

すなわち、このゾンビクランケ、6ヶ月から1年間を掛けて冷却水がガッツリ減るのである。一方で、地面に冷却水が漏れたようなわかりやすい形跡はいまも当時も目視できない。また、酷暑の中走行しても水温計に異常な変化はない。

だが、一定量が減ると暖房ヒータが効かなくなるのである。なので問題発覚はいつも冬季である。この酷く暑かった今年の夏を一体どうやって超えたかについて、賢明な名医は考えないことにしていた。

・・・おそろしいことにラジエター内の冷却水は減るにもかかわらず、リザーバタンク内のそれは殆ど水位を下げていない。このため問題の発覚がより遅れるのである。
・・・この現象の犯人で「あって欲しい」圧力キャップは、予想通り極めてヘルシーである。

オイルへの冷却水混入は少なくとも目視できるレベルではない。排気ガスの色をみても暖気時以外の白煙はない。

ということは、今回もやっつけ治療として冷却水の補水で済むだろうと男は結論付けた。

・・・間違ってもピストンヘッドガスケットや冷却経路、ウォータポンプ、ラジエター本体、ヒータコア、サーモスタットに指一本触れてはいけない。(なるべくなら)見てもいけない。
なぜなら、この世に生まれて25年を超えたいわゆる祟り神化した車両に対して、トラブルに陥った一部部品を交換した途端、すべてがバランスを失い車というシステムそのものが破綻することを男は知っているのだ。システム破綻の代償は全関連部位交換しかない。修理費は40万円に達するだろう。

男は電卓を華麗な指さばきで弾いた。
40÷10・・・。
=4。

男はこの不吉な数字に戦慄していた・・・。
つまり、想定修理代をこの車の購入時代金で割ると、4台購入できるということを意味しているのだ。

不吉な数字に一瞬ひるんだ男だったが、不敵な笑みを浮かべながら懐からコレを取り出した。その姿はあたかもドラキュラに追い詰められた神父が、隠し持っていた十字架を取り出すごとしであった。

これは車の冷却系潜む魔物を懐柔できる可能性を秘めたお神酒である。あの霊験あらたかなワコーズ神社のOEMと言われているPITWork寺製の本家より安価な冷却酒である。



クランケは神酒を混ぜた冷却水を1L弱安々と飲み込んだ。総容量4.5L程度をおもうと約20%を失っている。人間なら2回死亡できるレベルの脱水状態である。

・・・この投入量は2年前とほぼ同じ量だが、昨年末と6ヶ月前に充分なエア抜きはしないものの多少補水していた挙げ句この有様である。普通のプロなら致死性の老朽化が進行していると考えるべきところだが、男は名医である。当然無視である。

ちなみに、この白いゾンビの補水作業は冷却機構の構造上厄介だ。難しくはないが時間がかかる。いや、掛けたほうがしっかりエアが抜けるのだ。
リアが高めとなるような車体姿勢にし、ラジエターキャップをあけ、ひたすらアイドリング。そうやっているうちに少しずつラジエター投入口から出てくる泡を眺めながらコーヒーをたしなむ。おもむろに冷却水を足し、昼寝をしつつアイドリング、再び補水である。
勿論、プロならばエア抜き機構を利用するべきだが、男ほどの名医になると、エア抜き位置がめんどくさいところにあることと、他の漏れ現象を確認するためにわざと時間がかかる手法でおこなった。

初回の補水時に1.5時間。その後、ほぼ毎日30-60分程度かけ、1週間程度繰り返す。

そしてようやく、アイドリング中も気泡が浮いてこなくなる。もちろん、オイルや異物が浮いてくることもない。

エンジン冷却後の水位もここまで回復。

 サブタンク内の水量もなぜだか正常に増減しており、ようやく正常範囲である。



全てのオペを終わらせた男は、グローブボックスにこの容器をそっと置いていた。


「この青い聖水を使う時は・・」
続けた言葉は街の喧騒にかき消され聞こえることはなかった。


根本治療を放置したままにもかかわらず、なぜかしら満足げな男はほんの少し不敵な笑みを浮かべながら、再び街の闇に溶けていったという・・・。

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