無論無許可医である。
だが、そのオペレーションには定評があった。
あるときは配線終末処理を手抜きしたことからショートを引き起こし車内を白煙まみれにし、あるときは極性を真逆に取り付けたことに気がつかず、絶対点灯しないフォグランプと数時間格闘したこともあるという。
しかし、そのオーラは世相の人にはわかるのであろう。
ある道の駅では、何の面識もない美女がまっすぐ小走りで50m離れてぼんやりしている男に近づいてきて、
「パンク修理おねがいします!」
と頼んでくる始末である。(実話)
・・・冬が来る前のある日、そんな男のもとに一本の電話がなった。
「峠でエンジンがブローしかけている・・・」
新たなオペの依頼だった。
今回のクランケのプロファイルはこうだ。
氏名:さわやか・サンバー V-KV3
性別:商用
体重:890kg+キャンプ道具200kg
年齢:25歳
病歴:6年前、心臓(エンジン)全摘出および移植手術を受けた病歴あり。
聞けば6年前の猛暑のある日、県境の峠越えの真っ最中にオーバーヒート発作を起こすも、道中の湧き水をラジエターにのませつつ、息も絶え絶え白煙を吹き上げながら50Km離れたスバルディーラに駆け込むも、「いますぐ安楽死を・・」と即廃車宣言をうけたにもかかわらず、その後某所での闇手術により不死鳥のように甦った病歴をもつクランケだという。
症状:上り峠道において、エンジン停止から数分後に再スタートした際、発進直後アクセルが高回転域まで吹きあがらない、いわゆるノッキングのような症状が発症しているとのこと。ただ、症状は継続せず数分で復調するという。
男ほどの名医となるとすぐさまいくつか思い当たる原因がある。
いや、星の数ほど原因が思い当たる。
いうなれば、このクランケは経年劣化という致死性のがん細胞を全身にまとっているのだ。そのステージは∞である。
・・・いわば何故か軽快に走りまわる白いゾンビなのである。
そのため、手や金銭がかかる術式は意図的に無視し、もっとも安易に完結できる作業となる点火系から原因を潰してゆくこととした。要は終末医療である・・。
現在のプラグはイリジウムであった。
しかし、貴腐ワインが本当にくさると酢になるというが如く、5年経ったイリジウムは、かつてイリジウムだった何かしらというほうが正確だろう。今となっては別物である。
一方で、プラグコードには目視できる異常はなかったため続投決定である。
プラグの付け根にあたるディストリビュータは、触れると端子が崩れ落ち二度と復元できない危険性を危惧して触れないこととした。
・・・生誕から25年を経たディストリビュータは、もはや紛れもない祟り神となっていることを男は知っているのだ。触らぬデズビに祟りなしである。。。
新旧比較。朽ち果てかけたイリジウムと新品のNGKグリーンプラグ。
「もう時代はエコなのだよ。」
オペ中、男はクランケに優しく語りかけていた。
・・・値段がイリジウムの半分だった事実は一切触れていなかったが。
前述の現象以外、通常走行時の違和感がなかったこともうなずける。
15分ほどでオペレーション完了。
試走した所、驚くほど発進時トルクと加速トルクが増していた。
平地停止時に不可能だった2速発進が出来るほどである。
オペは成功だったのだ。
根本原因追求を放置したままにも関わらず満足げな男は、
「ハイオクを絶やすな・・・」
そう言い残して足早に夕暮れの街に消えていった。
その場に残された名刺には「Car Dr.キリコ」と記されてあったという。
完
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