ある朝、男は大きなダンボール箱を拾った。
男は箱をあけた。
テント用のインナーとポールとグラウンドシートが入っている。
だが肝心のフライシートは見当たらなかった。
男は、野心に駆られるまま、このポールとグラウンドシートが
フィットするテントを探して世界中を旅した。
海を渡り砂漠を超え森をさまよったが、
どうしてもピッタリのフライシートは見つけられなかった。
長い時間がたち、年老いた男は、
このポールとグラウンドシートにあわせてフライシートを特注した。
ある静かな星の降る夜、男はテントを設営した。
すると、まばゆい光の中から美しい女神があらわれ、こう話した。
「どうしてもっと早くフライシートを作ってくださらなかったの?
さあ、お金でも名誉、恋でもあなたの望みをなんでも叶えてあげます。」
男はチェアに腰掛け、焚き火をみながらこう答えた。
「なにもいらない。今の私に必要なのは思い出だけだ。それは持っている。」
星新一 妄想銀行 「鍵」へのオマージュ
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