世界の天井と呼ぶにふさわしい山脈群を要するチベット長野県と、ベトナム山梨側の国境にほど近いダナン北杜市。その市役所の標高はすでに500m以上という。 二度目の東京オリンピックを目前にしたある年の7月14日-16日、 我々はそのダナン北杜市内から更に15kmほど離れた標高1000mの人知れぬ密林の山中に舞い降りていた。 そう、前回失敗に終わったTCテント NOMAD DOGON3+1の夏季耐久性ミッションを再び試みるためにである。 ・・・前回のミッションを振り返って、失敗原因はその標高にあると踏んだ我々。 標高600m程度だとベトナム山梨の猛暑に立ち向かえないという厳しい教訓を得た。 しかし、今回試験地は標高1000mである。つまり上空1km地点。 気温は少なく見積もって下界から-6度以上。しかも木が密集した山中である。 ・・・つまり今回は楽勝である。 「トラウトマン大佐の土産は何にしようかね?」と、鼻歌歌いながら現地に向かう我々を、かくなる試練が待ち受けようとはこのとき知る由がなかった。 そう、その数日間、下界の最高気温が39度に達するという重要な警報が、運命のいたずらとCIAの怠慢によって我々に届くことがなかったからである・・・。 ・・・これが後世の戦史研究家に多くの謎を残すこととなる「オペレーション スターウインドー」の幕開けであった。 ※夕方の光景 現地時間AM08:10 ダナン北杜市の主要県道から外れた後の道のりは険しく、 急な登坂路である。660ccノンニトロエンジンが狂おしい唸りを上げ続けている。 空軍はケムトレイル作戦を実行中であった。 ただ、最後に戦場の雌雄を決するのは常に我々歩兵なのだ。 ハンバーガーヒルを通り過ぎ、 1速でしか登れない坂道を超え、 山岳ゲリラのトラップを避けつつ、 苔むした狭路の先に、 そこは存在した。AM8:30現着(早すぎである・・・) 極秘作戦のため実験場名には一部加工をいれている・・・・。 ※CIAの手配書にある写真を引用 そこは脱走したカーツ・佐藤元大佐が20年前に樹立した自治区であり、以後独裁国家を運営しているという謎の多い実験場でもあった。 しかし、実物は引き締まった体つきの白髪フサフサのナイスミドルである。 所詮、CIAの事前情報などいつもこんなものだ。 こちらのイメージのほうがより正しい。 ※(別人だと?多少の忖度は兵士の重要な資質なのである・・・) ・・・早々に設営。 AM10:00 ついに試験準備完了。 ・・・・既に汗だくである。 この時点で気温は既に30度近くとなっていた。 日陰から一歩でも動くと、太陽から無慈悲な赤外線絨毯爆撃にさらされるのである。(日陰でじっとしてれば割と快適) 試しにインナーテント内へ潜り込むと、既にサウナ化する気配に満ち溢れていた。1000m地点でこの有様である。 今回もあっさりと作戦中止となったことはいうまでもない。 30度を超えると、TCだろうがなんだろうがテント内部は暑いのである!! 「曹長さんよ?この俺様に点火する勇気はあるのかな?」 ランタンから嘲笑のような声が聞こえたのはきっと風のせいだろう。。。 消火剤を隣において恫喝する気力すら、大量の汗とともに我々は失っていたのである。 つづく。 スターウインドー作戦② ...
【α7R IV】室内・物撮り~帰省 6
2 日前